仙台高等裁判所 昭和27年(ナ)5号 判決
原告 須田吉衛
被告 宮城県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「被告が原告の訴願につき、昭和二十七年六月十四日附でした裁決を取消す。昭和二十七年三月十四日執行の石巻市議会議員の選挙は全部無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として陳述した要領は次のとおりである。
一、原告は昭和二十六年九月十五日現在で調製された石巻市の基本選挙人名簿に登録されている選挙人である。
二、昭和二十七年三月十四日に石巻市議会議員の総選挙が執行されたが、右選挙における投票は全市を第一乃至第八の投票区に分け各投票区毎に設けられた第一乃至第八の投票所で行われた。(但し開票は一ケ所で行われた。)
三、原告は同年三月二十四日右選挙の効力に関し石巻市選挙管理委員会に異議の申立をしたが、同年四月十五日、右異議申立は成り立たない旨の決定を受け、これを不服として更に同年五月四日被告に訴願した。然るに被告は同年六月十四日「訴願を棄却する」との裁決をし、その裁決書は同年六月十九日原告に交付された。
四、原告が右選挙の無効を主張する事由は次のとおりである。
右選挙に際り第四投票区の投票所は、石巻市の釜小学校内に設けられたのであるが、右投票所の設備は極めて不完全であつた。即ち
(イ) 右投票所における投票記載所は、枠内後方部に隠蔽幕がなく、動もすれば(特に投票者の立て混んでいる場合において然り)選挙人の記載する投票の内容を、たやすく覗いて知り得る状況のものであり、
(ロ) 投票記載所を囲む左右の戸板は隙だらけのものであつて、左右に隣接する投票記載所における選挙人の投票内容を居ながら容易に窺知し得る状態であり、
(ハ) 更に投票記載所を囲む左右の戸板は下から上まで貫通して打付けられたものでなく、選挙人にして上身分をそらせば極めて容易に左右選挙人の投票記載内容を知り得る程度に、戸板を半端に中断した奇怪なものである。
右のような不完全極まる設備の下で行われた本件の選挙は選挙法の採つている秘密投票主義に反し、選挙の自由公正を害する違法なものであつて、この違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるから、右選挙は全部無効とすべきである。
五、被告代理人の釈明にかゝる後記三の事実は争わない。
原告は以上のように述べた。
被告代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
一、原告主張の一、二、三の事実は認める。
二、原告は、本件選挙の効力に関する異議及び訴願の各段階では単に第一投票区投票所の設備不完全を主張しただけで第四投票区投票所の設備が不完全であつたとの点を主張しなかつた。従つて右の点については異議、訴願を経ていないことになるから本訴においてこれを主張することは許されない。仮にこれを主張し得るとしても、原告主張の四の事実のうち、第四投票区の投票所が石巻市の釜小学校内に設けられたこと及び投票記載所に隠蔽幕を用いなかつたことは認めるがその他は否認する。右投票記載所は決して原告の主張するような不完全なものではない。
三、本件選挙における選挙権者は約二万八千名で、そのうち第四投票区に属する選挙権者は約千八百名、そのうち右選挙の際、投票した選挙人の数は約千六百名である。なお石巻市議会議員の定員は三十六名で、本件選挙における当選者の得票数は最高が約七百票、最低が約三百九十票である。
被告代理人の陳述の要領は以上のとおりである。(立証省略)
三、理 由
原告主張の前記一、二、三の各事実は当事者間に争がない。
原告が本訴において、本件選挙の効力を争う事由として主張するところは第四投票区投票所の設備が不完全であつたというにあるのであるが、原告は異議及び訴願の各段階では、本件選挙の無効事由として第一投票区投票所の設備不完全を主張し、右第四投票区投票所の設備不完全の点を主張しなかつたことは、原告もあえて争わないところであり、また、本訴においても原告は当初本件選挙の効力を争う事由として、(一)第一投票区投票所の設備不完全を主張し、次に(二)第四投票区投票所の設備が不完全であつたとの事由を追加し、更に右(一)の主張を撤回して、結局(二)の主張だけを維持するに至つたことは、記録上明白なところである。しかし選挙の効力に関する争訟は、要するに選挙の管理、執行が法規に違反することを事由として当該選挙の効力を争うものにほかならないのであつて、その違法たることを裏付ける具体的の事実関係の主張は、異議、訴願及び訴訟の各段階において、必ずしも同じでなければならないものではない。異議、訴願の際に主張した違法事由を、訴訟の段階に至つて変更し或は追加することも許されないわけではなく、また訴訟となつてから違法事由の主張を追加し或は変更したからといつて、当該選挙訴訟につき、異議訴願を経ていないものということはできないものと解すべきである。されば右の点に関する被告の主張は理由がない。
よつて以下、原告が本件選挙の違法事由として主張する第四投票区投票所の設備が極めて不完全であつたとの点について判断する。
本件選挙において、第四投票区の投票所が石巻市釜小学校内に設けられたこと及び同投票所の投票記載所に隠蔽幕を使用しなかつたことは当事者間に争がない。ところで当裁判所受命裁判官による検証の結果及び証人中館仲二、佐藤官平、佐々木徳五郎、阿部惣治、平山馨の各証言を綜合すると次の事実が認められる。即ち、
本件の選挙に際して釜小学校内に設けられた第四投票区投票所は、校舎の中央玄関の東方に位する幅(東西)五間、奥行(南北)四間の一教室を利用したものであるが、投票記載所は右教室の東側壁の中央部に壁に接して設備された木製組立式ボツクス型のもの一組で、その構造は検証調書添付写真のとおり四個の記載場所から成つており、各記載場所の大きさは高さ六尺、幅二尺五寸、奥行三尺三寸で、組立柱は三寸角の杉材を使用し、各記載場所の両側は、上から下まで六尺の間を貫通したベニヤ板で仕切られ、これに隙間や空間等は存しない。各記載場所の内部には下から二尺五寸の処に幅一尺、厚さ五分の板が壁に接して横に渡してあつて、その板の上で投票用紙に記載する仕組となつているが、右の板は前後に移動することができるようになつている。石巻市では昭和二十六年三月頃に投票記載所として用いるため右のような組立式ボツクス型のもの二十六組を調製したのであるが、これ等はすべて同一規格のものであつて、同年四月以降に行われた各種選挙の都度各投票区の投票所に、有権者の多寡に応じて一組乃至数組を配置し、これを組立てゝ投票記載所にあてゝきたのであつて、本件選挙に際しても右に倣つたものである。右投票記載所用の組立式ボツクス型の施設ができる以前には、石巻市では選挙の際、有合せの戸板などを以て仕切つた投票記載場所を設け、その仕切板には隙間があつたり、上部に空間があつたりなどして不完全なものもあつたので、隠蔽幕を使用したのであつたが、前記の施設が調つた以後は、隠蔽幕の必要はないものとしてこれを使わなくなつた。以上の事実が認められる。
而して右検証の結果によると、各個の投票記載場所は、その前方は壁に左右はベニヤ板で作つた仕切板に、後方は投票記載者の身体に遮られるため、特に投票記載所の入口に隠蔽幕を用いなくとも投票の記載内容が外部からたやすく覗き見られるような虞れはない状況にあることが認められる。証人佐藤有三、古荘正克等は、右第四投票区投票所の投票記載所の設備は不完全であつたとの原告の主張に副う証言をするけれども、これらは上記各証拠に対比してたやすく採用できないし、甲第一号証及び証人新井田英夫の証言等によつてもいまだ前段の認定を妨げるに足りない。その他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。
さすれば、第四投票区投票所における投票記載所の設備不完全を理由として本件選挙を違法なりとする原告の本訴請求は失当たるを免れない。
よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 高橋雄一 細野幸雄)